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問題点

 本研究においてワナ法の欠点を補うために足跡法を用いた。これによって捕点数が増えて詳しい行動圏を描くことができた。しかし足跡法もワナ法と同様に間接的な方法であり、ワナ法と同様に本当のネズミの行動圏を示していない可能性がある。つまりネズミが足跡法の器具のそばにいてもその中に入らないことがあり得るからである。そしてこの存在するが、ワナに入らないのか、存在していないかを判断することはできない。このようなことがあるが、足跡法はワナ法よりも真実に近い行動圏を与えてくれる。実際他の足跡法の研究を見ると(Brown L.E. 1969)、足跡法による行動圏はワナ法による行動圏よりも大きい。より真実に近い行動圏を得るには、ネズミの刻々の位置を知りうる方法−例えばテレメトリー−が必要となる。より簡単な方法で多くの情報が得られる足跡法は、多くの日数での捕点を用いれば、かなり正確な行動圏が得られるが、少ない日数では本当の行動圏が示されているかは疑問である。
 本研究において、行動圏の内部構造が、少ない標本数ではあるけれども明らかになった。アカネズミは行動圏の内部に「よく利用する地域」−いわゆる核となる地域を持っていることが分かった。各々の行動圏の重複を見るときには、行動圏全体について見ているが、この核となる地域で見ていった場合、かなりその空間関係が変わっていくことも考えられる。すなわち、行動圏の周辺地域では重複があっても、核の部分では重複がない可能性がある。これを見るには足跡法を用いる場合、もっと追跡地点数を増やす工夫が必要となってくる。
 ネズミ類はかなり移動性があるので、分布全体を調べるには、相当の地域を調査する必要がある。しかし、広い地域を調べるのは無理なため、ネズミ類のすべての研究はある地域を勝手に設けて、その中のネズミを研究したものになっている。よってそれはそこに定住するネズミにおいてはいいが、移動するネズミはどこから移入してきてどこへ移出するのか、また消失を死亡によるものなのか、それとも移出によるものなのかを判定するのは難しい。本研究での9月の雄の多くの移入個体はいったいどういう個体なのかが分からない。本研究地に移入があったということは他の地域では移出があったことになる。あり得ないことと思われるが、調査地が大変繁殖(交尾)に適した地域のため、多くの雄が移入してきたということが考えられる。だがこのことはまずないであろう。なぜなら、調査地とその周りの地域で大きな環境の違いは見られないからである。この9月に雄が多く移入してきて短期間でそのほとんどが消失したことにより、この多くの移入個体は、繁殖雄の交尾のための移動性の増大のために起こり、単にこの移動の時にワナを仕掛けたと考えられなくもない。このことはありそうなことと 思われる。つまり、この移入個体は移入よりもむしろ通過個体(調査地内の雌との交尾があったかもしれない)といった方がよいであろう。本研究地の定住雄がこの時期ほとんど動いていないことから、これら9月の移動性の高い個体は定住雄がこの時期ほとんど動いていないことから、これら9月の移動性の高い個体は、定住雄の移動性が変化したのではなく、定住できずにいつも移動している個体で、交尾期になると雌を探すために大きく移動する傾向を持ち、結果としてこれらが通過個体になったと推定される。春の繁殖期に生まれた幼体は生長がよく、秋の繁殖に参加できるが、春の繁殖期の遅くに生まれた個体はその大部分が消失し、これらの個体は定住できず消失する傾向を持っており、これらが交尾期に移動性を増加させるために、9月の雄の個体数の増加をもたらしたとも考えられる(つまり、上に述べた通過個体は遅生まれの個体)。
 これらを決定するためには、やはりより広い地域を調査し、定住個体がどういった歴史を持っており、移動個体がどういうものに由来するかを知る必要があろう。もしこのような個体の違いが決定し得たならば、この9月の雄の移動個体の多さの機構が理解されると思われる。
 繁殖の始まりにおける行動圏の変化はエネルギー要求の変化とともに行動的な変化を考慮する必要がある。このような行動的な変化は、ワナ法や足跡法によって証明するのは非常に困難で、この証明には野外における直接観察や実験室での個体間干渉の観察が必要となる。
 繁殖期における空間関係の変化−間隔を取り合う行動−がネズミの生活においてどういう意味があるのかは分かりにくい。雌においては出産と授乳のために、エネルギーが必要となって、各々の地域を守ることが考えられる。雄において雌を巡っての競争があり、各々の空間関係を排他的にし、なわばりを持って雌を他の雄に取られないようにすることも考えられるが、交尾期に非定住雄が大きく移動し、これらの通過個体がなわばりを持たず、たまたまであった雌と交尾する可能性がある。定住雄のみと雌が交尾するならば、雄が排他的になり、他の雄の侵入を防ぐことは定住雄にとって利益となる。これらを検証するには、雌がどの雄と(定住雄か通過雄か)交尾するかを調べる必要があるが、このことを調査するのは現在では困難である。

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