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議論

 個体数の変動は、春の繁殖期の終わり(5月から6月)に多くの幼体・亜成体が出現し、移入個体も多くなって個体数が増加し、夏場に減少していって、秋の繁殖期に最低になり、その後(11月)幼体・亜成体が出現し、個体数が増加するといったパターンを雌雄とも示す。このような個体数の変化は他の研究と同様であった(Watts 1969; Flowerdew 1972,1974; A.sylvaticusにおいて; Kondo 1982 A.spesiosusにおいて)。しかしながら、本研究で見られた9月の交尾期における雄の多くの移入個体による個体数の増加については報じたものはない。この9月の移入個体は、その後2日経った足跡法を行ったときにはそのほとんどが消失しているため、これまでの研究においてはこの9月の雄での個体数の増加が掛からなかったのではないかと思われる。雌において10月は個体数が少ないが、これは10月が授乳の時期で、それに伴う生残率の低下によるものである。雄における9月の多くの移入とその後すぐに起こる多くの消失は結果として9月の低い生残率をもたらす。Watts(1969)はA.sylvaticusにおいてその場所の密度が高いときに生残率が低下することを報告している。実際本研究において、非繁殖期でのことであるが行動圏の分布のところで見たように消失個体は行動圏の重複が多い場所に行動圏を持っていることが多かった。しかし本研究で見られた9月の雄の多くの移入と消失は、このような密度依存的な事柄によるものとは考えにくい。Randolph(1977)はA. sylvaticusにおいて、雄は交尾期の前半は活動性が高く、その後雄の間で空間関係が確立すると活動性が低下することを示した。本研究では、9月に捕獲された個体で定住したのは、8月からこの地域で定住していた個体が大部分であった。9月に調査地内に入ってきた多くの個体がどういう個体であるかはよく分からないが、調査地内の定住個体はほとんど移動してないため、この時期の移入個体は他の地域で定住できずにした個体の可能性が高く、交尾期に雄の移入個体が多いのは、これらの非定住個体の雌を求めての移動のためと考えられる。つまりこの交尾期の雄の変化は、繁殖状態になった雄のつがいの相手を捜すための行動性の増加によるものと考えられる。そして定住個体は繁殖状態になっても、非定住個体のように移動することがなく、交尾期における多くの雄の移動は主に非定住個体によるものであることを示唆する。
 幼体・亜成体は春生まれの個体についてのみ分析した。1986年の春は5月に最初に幼体・亜成体が捕獲された。そして幼体・亜成体は6月・7月にも継続して捕獲された。6月・7月に初めて捕獲された幼体・亜成体は8月までにすべて消失してしまい(Brown 1969)、定住し、秋の繁殖に参加したのは5月に捕獲された早生まれの個体だけで、これらの個体は6月には1匹を除きすべて成体になっていた。幼体・亜成体の場合、生まれた地域に定住し、そこで繁殖に参加できるのは早生まれの個体であり、Randolph(1977)がA. sylvaticusで言っているような「春生まれの幼体で6月はじめまでに繁殖状態に入るものは成体個体群の空間動態に統一される」ことをある程度示している。またFlowerdew(1974)とWatts(1969)は、定住個体が幼体・亜成体の生まれた地域での定住を妨げることを示した。このことがアカネズミでも実際に存在するならば、遅く6月に幼体・亜成体であったものはそれまで定住していた成体に加えて、早く生まれて生長し、6月には成体になった個体によっても定住が妨げられる可能性があると考えられる。調査地で6月・7月に幼体・亜成体で捕獲されたものがすべて消失している8月は、雄が繁殖状態になっている時期で、この時期雄は攻撃性が強くなっている。これらのことによって遅生まれの個体は生まれた地域において定住できなくなるのであろう。
 5月生まれの個体とそのとき授乳中であった雌成体の行動圏は、5月の幼体・亜成体の頃には、雌と大きく行動圏が重複しているが、6月・7月には重複の度合いが低くなり、早いうちに成体の空間関係に組み込まれたことを示す(Randolph 1977)。
 行動圏の利用法はワナ法では捕点数がすくなくはっきりしなかった(Hyne 1949; Watts 1969; Flowerdew 1974,1977; Gurnell 1978; Kondo 1981,1982等)。このため本研究では捕点数を増やすために足跡法を用いた。この方法で行動圏は一様に利用されているのではなく、その中に核となる部分を持っており、そこを中心として行動していることが分かった。行動圏の詳しい構造はOstfeld R.S.(1986)がMicrotus califonicusでラジオテレメトリー(radio-telemetory)を用いて行った行動圏の研究において報告しているが、そこでの行動圏でも核地域(core area)と周辺地域が区別された。
 行動圏の分布についてはこのような行動圏の内部構造を考慮に入れて分析する必要があるが、足跡法を用いてもこのような詳しい行動圏の内部構造を得られた個体は少ないため、行動圏の分布の様子は7日間の足跡地点をまとめた行動圏で比較するしかなかった。従ってこのような行動圏の内部構造をも考慮に入れての分析は、さらに捕点数が増えるような方法の開発が必要となる。
 長期定住個体はその行動圏をほとんど移動することがない。しかしこれら定住個体も9月に移動を開始する個体が見られた。この移動も繁殖期の開始に関連のあることを示唆するけれども(Randolph 1977)、例数が少なくはっきりとしたことは言えない。
 行動圏の大きさは、標本数が少ないのではっきりとしたことは言えないが、繁殖期に雌雄とも大きくなる傾向があった(Randolph 1977)。
 行動圏の分布についてみると、雌雄ともに非繁殖期に重複が大きく、繁殖期に小さくなる。秋の繁殖期において、9月の交尾期に雄が多く移入してきて、重複が大きくなることが示唆されるが、2日後に足跡法を行ったときには消失してしまい、重複は小さかった。この分布の形態は10月も引き続いている。これらのことは、交尾期の始まりあるいはピーク時に、多くの雄が移入してきて交尾を行い、すぐに消失(移出)してゆき、残った雄の間で新しい空間関係(排他的な関係)が作られることを示唆する。Boonstra & Rodd(1983)は、M.pennsylvanicusにおいて繁殖状態の定住雄は繁殖状態の雌が存在するとき、他の繁殖状態の雄の定住を妨げることを報告している。またこの新しい空間関係においては雄と雌の間にははっきりとした関係は見られない。この時期の様子は繁殖期の個体間距離の増加によく現れている。雌の場合も雄同様の変化を示すが、特に授乳期においてその行動圏はお互いに排他的になる(Brown 1969 A. sylvaticusにおいて; Kondo 1981 A. speciosusにおいて)。M. pennsylvanicusでは繁殖状態の定住雌が他の繁殖状態の雌の定住を妨げるが(Boonstra & Rodd 1983)、アカネズミの雌は繁殖期において定住するのは体重の重い個体である傾向があった。このような行動圏の分布の変化をもたらす要因については様々なことが報告されている。雄においては、繁殖状態にはいると攻撃性が増大し(Watts 1969; Kondo 1977,1981,1982; Gurnell 1978等)、他個体に対して排他的になり、その結果個体間で間隔を取り合うことになって、繁殖期におけるお互いの行動圏が重複しあわないようになると考えられている。雌における空間関係の変化は、攻撃性の増大よりもむしろ繁殖(出産・授乳)に関連するものによると考えられている。しかしながらKorn(1986)は、A. sylvaticusの雌は体重の増大に伴い、行動圏の大きさを減少させるので、エネルギー要求の変化にこの行動圏の変化を関連づけられず、この行動圏の変化については行動的見地がより必要であると述べている。アカネズミでは、繁殖に伴い雌雄ともに行動圏の大きさが増大が見られたので、雌の行動圏の変化はエネルギー要求の変化に関連づけられるが、排他的な行動圏分布とエネルギー要求との関連づけは困難であり、その点に関しては行動的見地が必要であろう。私自身、直接観察においてアカネズミが自分からかなり能動的に音を出していることを示唆するリズミカルな音を聞いている(この音は地面を尻尾で叩くことによって発せられているようである)。このことは、他個体へ自分の存在を知らせるのに役立っていると考えられる。またStaddart(1986)は、 A. sylvaticusが自分と同種のにおいをかぎ分けることができることを示した。これらのことはネズミ類のコミュニケーションに対し、音とにおいが役に立っていることを示唆する。
 以上をまとめると、雌の場合繁殖期にはいると、行動的に避けあう傾向が強くなり、音やにおいなどの感覚的信号によりお互いの位置を知り、他の個体を避ける行動の結果が繁殖期における重複の小さい行動圏の分布状態を導き出したと推定される。雄の場合は繁殖期になると攻撃性が増大し、また非定住個体は移動性が高まり、様々な地域に移動するようになり、繁殖期の始まりの頃にはこれら非定住個体と定住個体が混ざり合っているが、定住個体は非定住個体よりも優位なために(Kondo 1981,1982)、非定住個体はすぐに移動して、定住個体の間で繁殖期の排他的な行動圏が形作られると推定される。

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